この記事でわかること
- なぜ古い抵当権は、所有者だけでは消せないのか
- 債権者が法人で解散しているとき、個人で相続人が分からないときの違い
- 供託による単独抹消と、2023年に新しくできた制度の使い分け
- 抹消が終わる前に売る場合の、価格の考え方
相続した土地の登記を取ってみたら、見たことのない名前の抵当権が付いていた。日付は大正や昭和の初め。債権額は「金五十円」。祖父や曽祖父の時代のもので、誰に聞いても事情が分かりません。
こうした、実体のない債権だけが登記に残っている抵当権を休眠抵当権と呼びます。
先に結論
借金が残っているわけではありません。ほぼ確実に、債権そのものはもう消えています。残っているのは登記という記録だけです。
ただし記録を消すには、法律で決められた道を通る必要があります。所有者が「もう払い終わっているはずだ」と言うだけでは消えません。そしてどの道を通れるかは、債権者が法人なのか個人なのかで変わります。
なぜ所有者だけでは消せないのか
登記の抹消は、原則として登記権利者(所有者)と登記義務者(抵当権者)が共同で申請することになっています(不動産登記法60条)。片方だけでは動かせない仕組みです。
これは普通の取引なら理にかなっています。所有者が勝手に他人の権利を消せてしまったら、登記の信頼が成り立ちません。しかし相手が100年前の人や、すでに消滅した会社になると、この原則がそのまま壁になります。
そこで法律は、相手が見つからない場合の抜け道をいくつか用意しています。それが不動産登記法70条と70条の2です。
あわせて読みたい祖父名義のまま相続登記していない土地を売る相続人を戸籍で追う手順は、こちらにまとめています。
どの道を通れるかは、債権者の種類で変わる
相手または相続人が見つかる
- 通常どおりの共同申請
- 抹消登記承諾書に協力してもらう
- 一番早く、一番安い
- まずここを探すのが筋です
法人で、解散している
- 2023年4月の新制度が使える可能性
- 不動産登記法70条の2
- 供託が要らないのが利点
- ただし30年という期間の要件があります
個人で、所在も相続人も不明
- 供託による単独抹消(70条4項)
- または公示催告・除権決定(70条1項)
- 相当の調査をしたことの証明が必要
- 期間も費用もかかります
供託による単独抹消(不動産登記法70条4項)
個人の抵当権者が見つからない場合の、古くからある道です。
登記権利者が、先取特権、質権または抵当権の被担保債権が消滅したことを証する情報として政令で定めるものを提供したときは、60条の規定にかかわらず、単独でそれらの権利に関する登記の抹消を申請することができる。被担保債権の弁済期から20年を経過し、かつ、その期間の経過後に当該被担保債権、その利息および債務不履行により生じた損害の全額に相当する金銭が供託されたときも、同様とする。
要点は3つです。
- 弁済期から20年が経っていること明治・大正の抵当権なら、当然に満たします
- その20年が経ったあとに、全額を供託すること元本だけでなく、利息と損害金も含めた全額です
- 登記義務者の所在が知れないこと相当の調査をしたうえで、それでも分からない状態である必要があります
供託する金額は、債権額が「金五十円」であっても、そこに利息と損害金を足したものになります。登記に利率が書かれていればそれで計算し、書かれていなければ法定利率で計算します。それでも実際の供託額は、数千円から数万円の範囲に収まることが多いです。ただし計算と添付書類の整え方で結果が変わるため、金額を自分で決めてしまわないでください。
なお、登記に弁済期が書かれていないこともあります。その場合の扱いについては、債権の成立日、それも分からなければ抵当権の設定日を基準とする考え方が示されています(昭和63年7月1日民三第3499号)。ここは判断が分かれやすい部分です。
解散した法人の担保権(不動産登記法70条の2)
2023年(令和5年)4月1日から使えるようになった、新しい道です。
登記権利者は、共同して登記の抹消の申請をすべき法人が解散し、70条2項に規定する方法により調査を行ってもなおその法人の清算人の所在が判明しないためその法人と共同して先取特権、質権または抵当権に関する登記の抹消を申請することができない場合において、被担保債権の弁済期から30年を経過し、かつ、その法人の解散の日から30年を経過したときは、60条の規定にかかわらず、単独でその登記の抹消を申請することができる。
この制度の利点は供託が要らないことです。供託の計算も、供託所でのやりとりも省けます。古い抵当権の債権者が「○○銀行」「○○信用組合」「○○産業組合」といった法人名になっている場合は、まずこちらを検討する価値があります。
| 70条4項(供託) | 70条の2(解散法人) | |
|---|---|---|
| 相手 | 個人でも法人でも | 解散した法人に限る |
| 期間の要件 | 弁済期から20年 | 弁済期から30年、かつ解散から30年 |
| 供託 | 必要(元本・利息・損害金の全額) | 不要 |
| 調査 | 登記義務者の所在について相当の調査 | 70条2項の方法による調査(清算人の所在) |
| 使える時期 | 以前から | 2023年4月1日から |
← 横にスクロールできます
どちらも、申請できるかどうかの判断と、必要書類を揃える作業は司法書士の業務です。当社がこれを代理することはありません。閉鎖された会社の登記簿が残っているか、解散の日がいつなのか、調査の記録をどう残すか。細かい判断が多く、実際に動かすには専門家の手が必要です。
抹消の見通しが立つ前に、決済日を決めないでください
一番多い失敗がこれです。買主が決まり、契約を交わし、決済日を決めてから抹消に取りかかる。そして抹消が間に合わず、決済日を延ばすことになります。
公示催告や除権決定を使う場合、裁判所の手続きが入るため期間の見通しが立ちません。供託の場合も、添付書類の補正で時間が延びることがあります。抹消にどれくらいかかるかの見通しを司法書士から聞いたうえで、決済日を決めてください。順番を逆にすると、違約の話になりかねません。
登記事項証明書があれば、どういう抵当権なのかは読み取れます。先に金額を知っておくと判断しやすくなります。
あわせて読みたい豪雪地帯・離島の家を手放したい担保権が付いたままだと、相続土地国庫帰属制度も使えません。
抹消してから売るか、抹消前に売るか
抵当権が付いたままでも、売買契約を結ぶことはできます。ただし抵当権が残った不動産を買う人はほとんどいません。抹消を済ませることが、実際には取引の前提になります。問題は誰がそれをやるかです。
A抹消してから売る
- 司法書士に依頼して調査
- 供託または単独申請費用はご負担になります
- 抹消完了期間の見通しが立ちません
- きれいな登記にしてから売る価格は高くなります
B抹消前の状態で売る
- 登記事項証明書で内容を確認
- 抹消の費用と期間を見込んだ価格をお出しします
- 抹消の手配は当社が引き受けます司法書士へは当社から依頼します
- 価格はその分を見込んだ金額になります
Aを選ぶ価値があるのは、相手または相続人が見つかって、通常の共同申請で済みそうな場合です。この場合は費用も期間も読めるので、先に片付けてから売るほうが手取りが増えます。
供託や公示催告が必要そうな場合は、期間が読めません。相続の分割を早く終わらせたい、固定資産税を払い続けたくないという事情があるなら、Bを選ばれる方が多いです。Bの価格は抹消の費用を見込んだぶん下がりますが、読めない期間を抱えるのは当社の側になります。
ご相談の前に用意しておくと早いもの
- 登記事項証明書これが一番大事です。抵当権の設定日、債権額、債権者名、弁済期の記載が読めます
- できれば閉鎖登記簿謄本や、登記簿の古い写し法務局で請求できます。無ければ構いません
- 固定資産税の納税通知書
- すでに司法書士に相談しているなら、その見通し期間と費用の見立てが分かると、価格の説明が正確になります
- 抵当権者について、ご家族から聞いている話があればメモ「近所の人だったらしい」程度でも手がかりになります
当社がしていること、していないこと
- 登記事項証明書から、どの道を通ることになりそうかの当たりを付ける判断そのものは司法書士が行います
- 抹消の費用と期間を見込んだ価格をお出しする
- 司法書士への依頼を、当社が買主となる場合に引き受ける
- 登記の申請を代理することこれはしません。司法書士の業務です
- 供託の手続きや金額の計算これもしません
よくあるご質問
- 抹消にどれくらいかかりますか?
- 事案により大きく変わります。相手または相続人が見つかって共同申請できる場合は比較的早く済みます。公示催告・除権決定を使う場合は裁判所の手続きが入るため、見通しが立ちにくくなります。期間を断定することはできません。決済日を決める前に、司法書士から見通しを聞いてください。
まとめ
- 休眠抵当権に、残っている借金はありません。残っているのは登記です
- 抹消は共同申請が原則。相手がいないと動かないので例外の道を使います
- 相手が解散した法人なら、2023年4月から使える70条の2(供託が不要)
- 個人で所在不明なら、70条4項の供託による単独抹消
- どちらも申請の判断と書類の整えは司法書士の業務です
- 抹消の見通しが立つ前に、決済日を決めないでください
- 抹消前の状態でも査定は出せます。費用と期間を見込んだ価格になります
登記事項証明書を1枚お手元にご用意いただければ、話が早く進みます。ご連絡ください。
